JES2009症例の一年後の経過報告書:
Early success doesn't guarantee clinical success

JES2009では2日間で17症例に対して24の血管インターベンションを施行しました。多くの症例の治療は予定通り上手く行きましたが、そうでなかった症例もありました。また当初は、上手くいった ように思えていた症例の中には、その後症状が再発したり、追加治療が必要になったりしたものもあり、長い目で見ると必ずしも成功したと言えない症例もありました。血管インターベンションは、その 低侵襲性故に急性期の治療成績はとても良好ですが、多くの血管インターベンションは長期成績の点では未だに手術治療に及ばないと言っても過言ではありません。しかし、再治療の頻度が高いという 点のみを持って血管インターベンションの有用性を否定する事はできません。例えば、どんなに高級な新車であっても5万キロ、10万キロ点検などの定期検査は必要ですし、こうした検査により見つかっ た、例えばタイヤのネジの緩みを未然に修理しなければ大事故につながります。しかし、定期検査でタイムリーに発見できれば、緩んだネジを締めなおすという極めて簡単な処置で大事故を回避できます。こうした2次的処置が時々必要であってもそれはその車の価値を損なうものでないのと同様、血管インターベンションに於いても2次的処置が必要であったという事実を過大に卑下する必要はないと考えます。すなわち血管インターベンションでは外科手術より定期点検の重要性が高いという認識を持つ事によりその弱点を最小限に留める事が出来ると言えます。

「胸部外科・心臓血管外科ライブ手術ガイドライン」では、ライブ手術を行うに当たっての様々なルー ルが設けられておりますが、その中にはライブ手術を施行した後の経過報告を行うというものがあり ます。JESでは、このガイドラインを遵守し、今年も昨年の症例報告集を作成しました。

2009年第4回JES 症例1年後報告集(2010年8月現在)

症例1は右内腸骨動脈の9cmの孤立性動脈瘤でした。実施した治療は左大腿動脈を5Frシースで穿刺し、山越えで右内腸骨動脈のout flow vesselである下臀動脈をOrbitコイル9個を用いて入念に塞栓術を行う事により“裏口”を閉じました。Orbitコイルはdetachableであるために、納得のできる位置と形が得られるまで何度もやり直しができるのが大きな特徴です。また3次元的なbird’s nest構造をしていますのでより効果的な塞栓術が施行できます。同側大腿動脈を7Frのシースで経皮的に穿刺し本邦未承認でるので個人輸入したAtrium社製のCovered stentを右総腸骨動脈から右外腸骨動脈にかけて留置することで動脈瘤の“表玄関”を閉鎖することで動脈瘤の空置を図りました。血管造影でエンドリークが無い事を確認しましたが外腸骨動脈に解離がある事が判明しました。Balloon expandable stentには数々の長所がありますが動脈解離は数少ない弱点でもあります。また、この所見は我々が動脈瘤症例でルーチーンに使用しているIVUSでも確認できました。そこでLUMINEXXを解離部に留置することで対処しました。術後経過は極めて良好で第2病日に退院の運びとなりましたが、術後経過の良い事を見て経皮的治療の威力を改めて知らされました。しかし、同時にこうした先進的なデバイスが未だに一般的には使用できない本邦の現状を憂いもしました。先に述べたOrbitコイルの特徴を最大限活用して内腸骨動脈のコイル塞栓を極力中枢側に留置することでcollateralnetworkを温存できたために臀筋性跛行も見られませんでした。術後1年経た現在もステントグラフトのズレやエンドリークなどは認められず、右内腸骨動脈瘤も8.7cmと縮小しております。

Case report 1

症例2は、左腎動脈の高度狭窄の症例でした。治療の適応はコントロール不良の腎血管性高血圧でした。術前には、4種類の降圧剤を内服しておりましたが、それでも時々収縮期血圧が200を超えることもありました。左腎動脈であったため、左腎動脈のキャニュレーションが容易な左大腿動脈からのアプローチを選択しました。2009年に初めて腎動脈用ステントとしての保険適応が得られた従来のPalmaz stentより細くてしなやかな0.014”対応のPalmaz Genesisを用いました。太くて固い0.035”の旧Palmaz しか使えなかった頃には、アンプラッツ、スーパースティッフを曲げてステントのtractabilityを良くしたり、あるいはpre PTAのバルーンを用いて7Frのシースで腎動脈をintubationしたりするなどのやや煩雑なテクニックが必要でしたが、この細くてしなやかなPalmazGenesisが使えるようになってから腎動脈interventionは格段に安全かつ速やかに出来るようになりました。本症例もわずか30ccの造影剤で治療を終えることができたことからも、Palmaz Genesisの使い勝手の良さが見て取れます。術後経過も極めて良好で、第2病日に退院の運びとなりました。術前には4剤内服しても尚安定していなかった血圧が、術後1年を経た現在、2剤の降圧剤のみで収縮期血圧が140前後に安定しており、腎動脈狭窄を解除することのメリットは明らかでした。術後1年を経た現在もベースにあった本態性高血圧は安定しており、また腎動脈エコーにても再狭窄の所見は全く見られず、経過は極めて良好です。術前よりありました慢性腎不全(クレアチニン1.5)は術後1年を経た現在も変わらない状態であり、虚血性腎障害の進行・悪化を防げたとの解釈もできます。いずれにしましても、術直後も1年後の現在も極めて良好な経過です

Case report 2

症例3、4、5はJES2009のハイライトともいえる症例です。4.1cmの腹部大動脈瘤と3.7cmの左総腸骨動脈瘤に加えて2.4cmの右腎動脈瘤がある極めて複雑な症例です。腹部大動脈瘤の中枢側ネックが90度に屈曲していたために、腹部大動脈瘤ステントグラフトとしてはそのしなやかさが利点であるExcluderを用いました。また左総腸骨動脈瘤の治療に先立ち、左内腸骨動脈のコイル塞栓術を行いました。このコイル塞栓術にも我々が好んで使用しているOrbitコイルを使用しました。Orbitコイルはいわゆるdetachableコイルであり、症例1同様、満足のいくplacementができるまで、何度でも出し入れができることと、コイルが三次元的にデザインされていることを存分に発揮したコイル塞栓術ができました。コイル塞栓術とExcluderによる大動脈瘤の治療が終わり、いよいよ最難関の右腎動脈瘤の治療を施行しました。右腎動脈瘤の治療には、症例1同様、Atrium社製のカバードステントを用いました。対象血管が右腎動脈でしたので、右大腿部より7FrのAnsel シースを挿入しました。腎動脈起始部にあった狭窄をPre PTAをした際に「ジワデフテクニック(ゆっくりdeflateしながらシースをバルーン越しにintubateする方法)」を用いてAnsel シースを右腎動脈に奥深くintubateしました。このシースを介して5mm×38mmのAtrium社製のカバードステントを挿入しました。中枢側は狭窄がありましたので、容易にsealが得られましたが、末梢側におきましては5mm、6mm、最後は7mmとバルーンを徐々にサイズアップしながら、慎重に腎動脈末梢側のサイズに合うように、Atriumの末梢側を拡張しました。最終的には、endoleakが完全に消失しました。同時に起始部にありました狭窄も解除できました。術後経過は極めて良好で、第3病日に退院の運びとなりました。術後1年を経た現在、腹部大動脈瘤および左総腸骨動脈瘤はいずれも縮小傾向が見られます。一番の難関でした右腎動脈瘤は驚くべきことに完全に消失しております。また1年経ちました現在も、右腎動脈のカバードステントに再狭窄の所見はなく、経過は極めて良好です。本症例は最高のバッチグー症例でJES2009のハイライトのひとつでした。

Case report 3,4,5

症例6は、腎血管性高血圧の患者です。この患者は、JESに先立つこと1年前に左腎動脈のCTOに対してステント留置をし、左腎臓を救済しました。その時には全く見られなかった右腎動脈の病変が1年後には高度狭窄となり、かつ降圧剤を3剤も要する難治性高血圧となっておりました。更にクレアチニンが1.24と軽度の慢性腎不全も呈しておりました。右腎動脈狭窄は、細くてしなやかな Genesisステントを用いることにより、極めてスムーズに治療することができました。術後経過は極めて良好で、3剤内服していた降圧剤は術後1年を経た現在も1剤になり、かつ血圧もより安定しております。クレアチニンも術前よりやや低い1.16であり、少なくても虚血性腎障害の悪化が予防できたものと考えられます。BNPも順調に低下しました。術後1年の腎動脈ドップラーでは、マイルドな狭窄が疑われますが、腎機能並びに血圧コントロールとも良好で無症候性のin-stent restenosis(ISR)ですので、現在のところ経過観察としております。腎動脈ステント後には、約15%前後にこのような再狭窄が見られますが、無症候性の場合には、手をつけないというのが我々の方針です。また無症候性の場合には手をつけないというのは、ISRに限ったことではなく、初発病変におきましても同じスタンスでおります。

Case report 6

症例7、8、9、10は4つの疾患を有する66歳の男性です。遠位弓部大動脈に嚢状瘤があり、この嚢状瘤に対しましては、薬事承認が取得されたばかりのTALENTを用いて治療しました。TALENTの特徴である屈曲追従性が見事にしめされた症例で、小湾側のBird beak現象も皆無でした。腹部大動脈瘤に関しましては、中枢側ネックに100度の屈曲がありましたので、屈曲追従性の良いExcluderを選択し治療しました。右腎動脈の症候性狭窄に対しましては、Genesisを用いて治療出来ました。最後に残りました右腕頭動脈の真性瘤に関しましては、破裂リスクが低いことと、治療に脳梗塞などの合併症が伴うことから、risk‐benefit ratioの観点からも経過観察をした方が良いと判断し、放置しました。術後経過は極めて良好で、脳梗塞や腎不全などみられませんでした。術後1年を経た現在、胸部大動脈瘤も腹部大動脈瘤も完全に血栓化し、縮小傾向が見られております。また右腎動脈は術後1年を経た腎動脈ドップラーでも、再狭窄は見られておりません。腎動脈ステントの適応は腎血管性高血圧の治療でしたが、術前には降圧剤を3剤内服しても不安定であった血圧が現在2剤でコントロール良好となりましたので、臨床的にも腎動脈狭窄を治療した意義が証明されております。腕頭動脈瘤は依然として無症候性でかつサイズアップが見られておりませんので引き続き経過観察をしています。

Case report 7,8,9,10

症例11は、胸腹部大動脈瘤に対するHybrid手術症例です。Crawford type Vの胸腹部大動脈瘤が あり、かつ重度の肺気腫などがあったため、開胸開腹による人工血管置換術は不可能であると判断さ れ、慈恵に紹介された患者です。JESに先立つことと2週間前に、開腹し、以前に行われていたY字型人 工血管の右脚から8mmのPTFEグラフトを立ち上げ、それを上腸間膜動脈と腹腔動脈の両方に吻合 しました。この患者は、腎硬化症のために既に血液透析を行っておりましたので、腎動脈再建は行いませ んでした。この手術をJESの2週間前に行いましたが、JES直前に肺炎を併発しました。解熱・緩解傾向 にはありましたがJES当日の朝になっても、まだ胸部レントゲンで肺炎の所見がありましたので、残念で はありましたが患者の安全を第一に考え、二期手術の胸部下行大動脈から腹部大動脈分岐部まで TAGを留置するという第二段階の手術は中止しました。JESが終了し、2週間経た時点で肺炎が治癒し ましたので、第二段階の手術を執り行いました。尚、ステントグラフト術を行う際に血管造影を行いまし たところ、腹腔動脈と上腸間膜動脈のいずれの起始部から、順行性の血流が結紮部を超えて認められ ました。これはそのまま放置しますと、type U endoleakの原因になりますので、TAGによるステントグ ラフト治療に先だって、腹腔動脈と上腸間膜動脈のコイル塞栓術を施行しました。コイル塞栓ご直ちに TAGステントグラフト4本を用いて胸部下行大動脈から腹部大動脈分岐部(旧人工血管)までステント グラフトを留置し、動脈瘤の空置に成功しました。術後経過はまずまずで元気に退院の運びとなりました が、手術から半年で他病死されました。腹部Debranch手術は約8時間かかった上に、一本160万円と 高価なTAGを4本も使用し、そのうち2本、320万円分は病院の持ち出しとなりました。これだけの時間的、また経済的投資をしたにも関わらず、術後半年で他病死をしてしまい複雑な思いがしました。平均余命が短いと考えられるハイリスク症例に対して、どれだけ時間的、経済的投資をするのが妥当であるのかと考えさせられました。とはいえ、動脈瘤の破裂リスクの恐怖から解放された最期の6ヶ月間は安らかな日々であったと家人から伺いましたので、「終わり良ければ全て善し」で人生の最期を心穏やかに過ごしていただけたという事には十分な価値があったのだと確信しています。

Case report 11

症例12は、極めて困難であり、またその後の経過も複雑な症例です。62歳の女性で3年前に Stanford A型の急性大動脈解離を患い、その時に他院でBentall手術がなされましたが、弓部から 胸部下行にかけての慢性解離瘤はそのまま放置されておりました。弓部から胸部下行大動脈にかけ ての慢性解離瘤が7.3×6.6cmになり、かつ背部痛なども生じたために、慈恵に紹介されました。 Primary tearをTAGで閉鎖するという治療計画でJESに臨みました。しかしライブサージェリー当日 に施行した血管造影でEntryが左総頸動脈とほぼ同じ高さに存在していることが初めて判明しました。 我々は術前に血管造影を行うということはほとんどしておらず、CTAあるいはMRIによる読影のみで手 術の適応ならびに術式を決定しております。この症例におきましても同様で、血管造影は撮っておりま せんでした。そのstrategyの欠点はこのように血管造影によって初めて判明することがあるというこ とです。とはいえ、侵襲的な検査である血管造影を術前には行わないというポリシーのメリットの方が デメリットを上回ると考え、現在もそのスタンスは変わっておりません。本症例におきましては、血管造影 の結果、左総頸動脈をステントグラフトでカバーする必要があり、そのためには頸動脈‐頸動脈バイパス 術が必要でした。ライブサージャリー中にこのような大きな治療方針の変更をすること、更に必ずしも 安全性が確立されていない手術をライブサージャリー中に行うことは適切ではないと判断し、今回は血 管造影のみにて手術を終了しました。JES後に頸動脈‐頸動脈バイパス術とTAG胸部ステントグラフト 留置術を執り行いました。すなわち左右の総頸動脈をPTFEグラフトで吻合し、左総頸動脈を中枢側で 結紮しました。このようにしてからTAGステントを腕頭動脈直下に留置しました。この時の最終血管造影 を見ますと、腕頭動脈を介しての左右の総頸動脈の血流は極めて良好でしたが、Bentall手術の末梢 側吻合部にあった狭窄部に留置したTAGの中枢端からわずかなtype Ta endoleakが認められまし た。このendoleakは極少量であったため、血栓化するであろうという見込みで、手術を終了しました。 しかしその手術の3ヶ月後になっても尚、type Ta endoleakが残存し、かつ瘤径が増大していたことか ら、旧人工血管との吻合部にあたるproximal neckにExtra large Palmaz stentを留置すること で、type Ta endoleakを処置することができました。しかし、腹部内臓分枝の近傍に多数存在した re-entryは閉鎖せず、そのまま放置をせざるを得ませんでした。その腹腔動脈や上腸間膜動脈近傍に 存在したre-entryからの血流により解離瘤瘤は更に増大を続けました。2010年7月に切迫破裂の 疑いで慈恵医大に搬送されました。慈恵医大のICUに入院されてから血圧のコントロールを図りまし たが、やはり切迫破裂の疑いが濃厚であった上に背部痛もお持続していましたので、これ以上の interventionは得策ではないと判断し、開胸開腹による人工血管置換術を行うこととしました。ステン トグラフト術が失敗であったか否かに関しては、決して無駄ではありませんでした。なぜなら本来なら開 縦隔とともに左開胸をし、中枢側吻合はBentall手術の時の人工血管の末梢端になるはずであった手 術をTAGステントが留置されていたおかげで、胸部下行大動脈の第7胸椎の高さで新・人工血管と TAGの末梢端とを吻合することが可能となりましたので再度の胸骨縦切開と人工心肺の使用を回避で きました。第7肋間で開胸・開腹し、PCPSを用いながら分節遮断をしつつ人工血管置換術を行いまし た。人工血管の中枢側は、TAGの末梢端に吻合しました。腹部内臓分枝はisland状のパッチですべて 再建しました。TAGの末梢端とダクロン人工血管との吻合におきまして、ダクロン人工血管をTAGの内側に挿入し、かつフェルトを全周性に用いて吻合しました。こうすることでTAGの針穴からの出血を最 小限に食い止めることができました。CSFドレナージも併用し、かつ分節遮断も行いましたので、対麻 痺もなく、術後経過は極めて良好でした。この症例では、ステントだけ、あるいはメスだけ、などのように 一つのテクニックにこだわって患者に相対するのではなく、保存的治療、血管内治療、さらには外科治療 などすべての治療オプションをバイアス抜きに選択し、それを行使できる血管外科医という立場の有難 さを改めて実感できました。見方によりましては、このTAGの留置術は無駄であったと見えるかもしれませんが、再度の開縦隔、弓部全置換と人工心肺の使用を避けられたという意味で、大いなる意義があったものと思います。

Case report 12

Case report 12 追加治療1・2

症例13は33歳の男性で、大動脈縮窄症候群の治療のために、幼少時に1回、青年時に1回、人工血 管によるバイパス手術と人工血管置換術を受けられていた33歳の有名病院の職員です。今回は胸部 下行大動脈に留置されておりました人工血管の末梢側吻合部に仮性動脈瘤が生じました。この仮性動 脈瘤が生じた理由は、幼少時に大動脈縮窄症候群の姑息的治療として、上行大動脈と胸部下行大動脈 の間に非解剖学的なバイパス術がなされましたが、高校生の時に根治手術である遠位弓部から胸部下 行大動脈にかけての大動脈縮窄を人工血管で置換した際に、非解剖学的なバイパスの離断がなされて いなかったために、体の成長とともに、非解剖学的バイパスの胸部下行大動脈側の吻合部がひっぱれ、 嚢状瘤が生じていました。治療計画としましては、TALENTの胸部大動脈瘤ステントを使用して、胸部 下行大動脈と嚢状動脈瘤を隔てました。しかしこの治療だけでは、幼少時に受けた非解剖学的バイパス からのtype U endoleakが残存してしまいます。腰動脈からのtype U endoleakとは異なり、この症 例におけるtype U endoleakは上行大動脈から瘤に直接血流が行くという極めて危険なtype U endoleakでした。このいわば“裏口”を閉鎖するために、コイル塞栓を行いました。幸い、TALENTに よる瘤の空置がなされていたために、この非解剖学的なバイパスの中を流れる血流はほぼ0になりま した。このように血流が0でしたら、塞栓用のコイルが血流で流される心配もなくなります。Outflowが ない状態で、安心してまずは0.035”のコイルを非解剖学的バイパス内に留置し、足固めをした後に、 Orbitコイルを5個留置することにより、完全な閉塞を得ることができました。術後経過は極めて良好 で、術後第2病日に退院の運びとなりました。術後1年経ちました現在、TALENTステントグラフトの ズレなどは全く見られません。またこの胸部下行にありました仮性動脈瘤は完全に消失しました。33歳 という若年者にステントグラフトを用いることに関しては、議論の余地が残っておりますが、この症例の 場合、開胸癧が2回もありますので、若いとは言え、開胸あるいは開縦隔を行わずに治療ができるステ ントグラフトは極めて合理的な選択であったと思います。術後1年経た現在、瘤が完全に消失しておりま すので、今後ステントグラフトがズレる可能性も極めて低いものと思われます。いずれにしましても、 “バッチグー”症例でした。

Case report 13

症例14は右無症候性の高度内頸動脈狭窄症でした。無症候性ではありましたが、高度狭窄が完全閉 塞になった際に脳梗塞を起こすリスクが約30%程度あることから、血行再建の適応があると判断しま した。血管造影をJES当日に初めて行いましたが、我々が予想していたよりもはるかに狭窄は強く、かつ 長い範囲に渡っておりました。この狭窄を突破するのに、さまざまなワイヤーを用いましたが、いずれも 上手く行きませんでした。最終的には、札幌の野崎先生のアドバイスにより使用したextreamワイヤー にて病変をクロスすることができました。しかしその後、冠動脈用バルーンを含めた様々なバルーン を用いましたが、バルーンが病変をクロスすることはできませんでした。これ以上の深追いは risk‐benefitの観点からも正当化できないものと判断し、せっかくクロスできたextreamワイヤーでしたが、勇気ある撤退をしました。術後脳梗塞などの合併症は見られませんでした。術後1年経た現在も 無症候性の高度狭窄を抱えたまま、この患者は元気にされております。尚、我々は内頸動脈狭窄症患者 の約7割は内膜剥離術にて対処しております。しかし3割ほどはCASに頼らざるを得ません。この症例 はCASが失敗に終わりましたので、内膜剥離術を行うのが妥当な選択肢と考えられがちですが、この症 例の病変は内頸動脈起始部から約5cmと長い範囲に渡ってプラークが存在しておりました。プラーク の上縁はいわゆる外科的限界点の第二頸椎上縁を超え、第一頸椎上縁に及んでおりました。頸動脈内 膜剥離術は成績も安定しており、長期開存率が約束される素晴らしい手術ですが、このようなhigh lesionかつstring sign症例には、内膜剥離術であったとしても、困難であると判断しました。すなわち interventionも外科手術も困難な症例ということになりますが、頸動脈の手術は予防手術であるため に、極めて高い安全性の手術が求められます。そうした中、外科手術でもステント治療でもハイリスクで あった本症例におきましては、いずれの治療法も適切ではなく、抗血小板薬などによる経過観察がベス トであったと思います。多くの内頸動脈狭窄症の治療におきまして、ステントであれ、内膜剥離術であ れ、血行再建をすることの意義は確実ではありますが、劇的ではありませんので、このような症例の場 合には、勇気ある撤退をするのが賢明です。術後1年を経た現在も外来通院中ですが、右内頸動脈の高 度かつび漫性の狭窄はそのまま大人しくしてくれています。幸い、術後の脳梗塞や意識障害なども見られませんでした。ステントでも内膜剥離術でも、手術不能と判断された極めてめずらしい症例です。

Case report 14

症例15は右内頸動脈の症候性高度狭窄です。この症例は症例14のようにstring signが見られ ず、85%程度の狭窄でしたので、承認されたばかりのAngioguard-Precise systemを用いて1時 間程度でさっと治療を行うことに成功しました。術後脳梗塞や過潅流症候群は認められず、術後経過は 極めて良好でした。術後1年を経た現在も、CTAならびに頸動脈ドップラーで再発が全く見られないこ とが確認されております。頸動脈狭窄症は多くの場合、限局性の病変ですので、一旦周術期の脳梗塞と いうリスクをクリアした場合には、長期開存性におきましては、大いに期待できる部位です。とは言え、年 に一度の定期的な健診を続けること必要不可欠です。

Case report 15

症例16もJES2009のハイライトでした。頸動脈狭窄症に対する標準的治療である内膜剥離術を お見せしましたが、「慈恵式内膜剥離術」を供覧出来ました。慈恵式内膜剥離術の特徴は、皮切が3cm と世界で一番小さいこと、頸動脈遮断時間が平均で29分と極めて短いこと、更にパッチなどの異物を残 さないということ、そして最大のメリットはこれまで慈恵式内膜剥離術を約200例の患者に行いました が、脳梗塞がまだ1例も見られていないという極めて安全性の高い点であります。本症例におきまして も遮断時間は20分、手術時間は2時間と極めて手際よく行うことができました。手術時間2時間の中に は、術前および術後の血管造影が含まれていることを考えますと、手術時間自体はさらに短いです。術 後1年の頸動脈ドップラーでは、全く再狭窄は認められませんし、どこに手術をしたのかが分からない、 と超音波技師が驚いているほどです。当然のことながら、周術期の脳神経麻痺や脳梗塞はありませんで した。この症例もJES2009のハイライト症例であり、“バッチグー”症例でした。

Case report 16

症例17、18は7.3×8.8cmと極めて大きな腹部大動脈瘤と右総腸骨動脈瘤を合併した高度屈曲を 伴う難しい腹部大動脈瘤の治療でした。中枢側ネックの角度は90度、また左総腸骨は約180度のヘア ピンカーブ、更に右総腸骨動脈に動脈瘤が存在するという旧Zenithにとりましては悪条件がいくつも 重なっている症例でした。しかし、次世代のZenithであるZenith Flexを用いることにより、これらの屈 曲、蛇行に見事に対処することができました。中枢側ネックおよび左脚にZenith Flexの威力が見て取 れます。また術直後の血管造影で我々はtype IV endoleakと判断したそのendoleakが会場の皆様、あるいはパネリストの一部の先生から、type I a endoleakあるいはtype III endoleakではないかと のコメントも寄せられました。我々は、造影剤がステントグラフト全体から方向性を持たずにボワっと 漏れ出る感じのendoleakでしたので、type III あるいはtype I endoleakである可能性は極めて低 いと判断しました。Type I endoleakあるいはtype IIIですと、ジェット状の血流が見られるはずです が、本症例ではそそれが見られず、方向性を持たないボワっとした造影剤の漏れでした。術後経過は極 めて良好で、第二病日に退院の運びとなりました。その後、定期的に検査しておりますが、術後1年を経 た現在もZenith Flexの利点が3DCTAを見ましても、脚の閉塞がないことを見ましても、一目瞭然で す。Zenith Flexの真骨頂が見て取れる症例です。残念なのはJES2008の時のZenith Flexを供覧 しましたが、その時からCook社およびメディコス平田社からもう少々で薬事承認が取れると言われ つづけ、それを真に受けてじっと首を長くしてまっていたことです。Zenith Flexは2年前のJES2008 で本邦初公開してから実に2年の歳月を経て、やっと薬事承認が得られました。尚、2008年JESで Flexを使用した時からCook社から「あともう少しで薬事承認」と説明を受けておりましたので、会場 の皆様にも私はそのような説明をしました。すなわち、JES2008でもJES2009でもCook社から 「もうすぐ、もうすぐ」といわれ、それを真に受けた私はみなさんに「もうすぐ承認がおりる」と2年連続で言ってしまいましたが、はたしてそのFlexの承認は2010年7月までに取得することができませんでした。2年連続でオオカミ少年となってしまいましたが、必ずしも私個人のせいではないことはご理解いただきたいと思います。

Case report 17,18

症例19も通常の旧Zenithにとってはチャレンジングな症例でした。中枢側ネックはともかく、 3DCTAで分かるように外腸骨および総腸骨の屈曲が極めて強い症例をあえてZenith Flex用に選び ました。この症例でもZenith Flexは見事にその利点を発揮してくれました。術後1年を経たCT検査で 動脈瘤が完全に血栓化し、また縮小傾向にあることが見られました。またCook社の名誉のためにも、 私の名誉のためにも申し上げますが、2010年7月にやっと日本でもZenith Flexが一般に使用できる ようになりました。

Case report 19

症例20は、コントロバーシャルな症例です。すなわち、保険適応がない浅大腿動脈病変にステント 留置を行うか否かという点であります。2010年現在、浅大腿動脈およびその下の膝下血管に保険適 応があるステントは一つもありません。すなわち浅大腿動脈にどんなに見事にステントを留置しても、 保険請求はできずステント代金は病院の持ち出しとなります。この症例はJES2009に先立つこと 1年前に、左浅大腿動脈のCTOに対してスマートステントを留置していました。今回は左の症状は再発 しておりませんが、右の間歇性跛行が悪化したために、治療が必要となりました。CTAでの診断は右浅 大腿動脈の起始部からの閉塞と判断しました。左下肢に1年前に留置されていましたSMART stent は見事に開存しておりました。しかしこれは、浅大腿動脈ステント多くがたどる道ではなく、例外であるこ とをご理解いただきたいと思います。今回は右浅大腿動脈のほぼ全長にわたる完全閉塞でした。これ に対しまして、鼠径部からのワイヤー操作のみでCTOを突破し、ランオフベッセルの真腔にワイヤー を戻すことができました。両側のSMARTステントはそれぞれ1年、2年経過した現在もISRやstent fractureなども見られずバッチグーです。繰り返し申し上げますがこのような経過はnot the rule but exceptionであります。

Case report 20

症例21、22、23は、閉塞性動脈硬化症があちこちにある患者です。右外腸骨動脈のほぼ全長に渡る CTOがメインの見せどことでした。順行性と逆行性の両方でこの病変にアプローチしましたが、あまり 難渋することなく真腔にワイヤーを戻すことができました。良くアメリカ人が“better to be lucky than good”と言いますが、まさにその通りであったと思います。右外腸骨のCTOに足しましては、ルミ ネックスを2本使用しました。また左外腸骨動脈に限局性の高度狭窄がありましたので、こちらは正確 かつ完全(radial force)な留置が可能なExpress stentでさっと治療できました。術後経過は極めて 良好で、両側下肢の間歇性跛行は完全に消失しました。しかし、術後10カ月目に左下肢の間歇性跛行が 強くなりました。精査の結果、腸骨動脈のステントはすべて良好に開存しておりましたが、左浅大腿動脈 に新たなCTO病変が生じていることが判明しました。この病変に対しましては、私が治験統括医をして おりますテルモ社の世界初の国際共同治験に登録しました。この治験はPTAとテルモ社のMisago ステントをランダムに割りつけてMisagoステントのPTAに対する優位性を証明する割り付け試験で すが、ステントは浅大腿動脈用にデザインされたフラクチャーしにくいflexibleな構造であります。アメ リカの施設30施設と、日本の6施設が同時に治験を行い、申請も同時に行う世界初の試みであるという ことです。もし、この治験が成功すれば、デバイスラグ問題は瞬く間に解消する可能性を秘めております。 また、これまで外国の医療機器メーカーからは何かと評判の悪かった日本の治験環境ですが、それが 劣悪ではないということ、日本でもきちんとしたデータを集められることを世界に証明する好機でもあ ります。この症例は腸骨動脈ステントもテルモのMisagoステントもすべて順調に推移しております。

Case report 21,22,23

症例24は最後の症例ですが、右下肢の重症虚血肢症例です。元々は3年前に右膝窩動脈から右足背 動脈に自家静脈を用いたDistal bypassを行いましたが、そのバイパスが術後1年目閉塞し、安静時 痛ならびに足指の潰瘍性が再発しました。もうバイパスに使用できる静脈が残っていないことから、 PTAによる血行再建術を試みました。右大腿動脈を順行性に穿刺し、血管造影を行ったところ、右TPT にマイルドな狭窄と前脛骨動脈の全長に渡ってび漫性の狭窄が見られました。そこで、新しいSterling ESを用いて、足背動脈までバルーンを挿入し、そこから順次拡張し、最終的には良好な結果を得まし た。しかしながら、JESから4ヶ月経ちました頃に再狭窄しましたので、右前脛骨動脈の追加拡張ととも に、右リスフラン切断を行いました。我々の診療体制の一つの特徴として、バイパスであれ、カテーテル の治療であれ、血行再建と同時にコンタミネーションには十分留置しつつ、壊死組織のデブリードマン あるいは脚指の切断を同時に行うということです。JES2009から1年経ちました現在も救肢に成功し ている上に、足の断端の傷もきれいに治癒しております。本症例を見ますと、自家静脈グラフトが万能で はなく、血管外科医も血管インターベンションを積極的に取り入れなければCLI治療が完結しない事を物語っています。

Case report 24

以上のように17症例(24のインターベンション)において手術死亡や大きな合併症は一つもなくは概ね順調に経過しておりますが、中には問題症例もあります。特に血管インターべンションにおいては 「初期成功=臨床的成功(長期)」ではありませんので厳重な経過観察とメインテナンスが必要であることがこの経過報告書にも見て取れます。JES2010で供覧しますライブ症例ばかりではなく、こうした過去の症例の経過報告からも皆さまに少しでも学び取っていただけるものがありましたら主催者として望外の喜びです。 実行委員長 大木隆生

第5回 Japan Endovascular Symposium
実行委員長

大 木 隆 生